支援戦闘機 F-2A/B

「レイプされて生まれた子供を見ているようだ」 -この機体が完成したときにある開発者がそう嘆いたという。


航空観閲式 百里基地 2002年10月


2002年7月 MATSUSHIMA AIR BASE/F-2B

F−2は日本と米国で共同開発された支援戦闘機である。航空自衛隊で現用中のF-1に代わる次期支援戦闘機(FS-X)として、1981年から検討が始まった。1987年10月21日に選定されたF-16の改造発展型がF-2である。ジェネラルダイナミックス社(当時、以下GD社)のF-16Cに、日米共同で最新技術を盛り込み、航空自衛隊の支援戦闘機要求に適合する機体を改造・開発することになった。F-16は世界で実に3650機以上が配備されているベストセラーで、軽量小型、安価でかつ強力な対空、対地攻撃能力を持つ文字通りの傑作機である。

F−1は1997年以降耐用飛行時間に達する機体が出始めたため、その後継機開発は急務であった。また、当時は国際社会は東西冷戦真っ只中。毎日のように旧ソ連の軍用偵察機が日本の領空近くに飛来していた時代であり、防空体制に少しのスキも許されない状況で防衛庁は次期支援戦闘機を考える必要に迫られていた。

航空自衛隊がFS-Xに求めていた能力としては、
■空対艦ミサイルを最大4発携行できること
■短射程空対空ミサイルを2〜4発携行できること
■中射程空対空ミサイルを2〜4発携行できること
■全天候運用能力を有すること
■高度な電子戦能力を有すること
■対艦攻撃ミッション仕様で450nm(約830km)以上の戦闘行動半径を有すること
というものであった。

 1984年には外国製航空機のライセンス生産と純国産機の開発のどちらのものを選定するかの調査が実施された。具体的な検討対象として、アメリカのF-16及びF/A-18、ヨーロッパのトーネード、そして国内開発機がリストアップされた。外国製の3機種に対する調査では、いずれの機体も上記の6項目を全て満たすことのできる機体はないことが分かった。そこで、これを満たす機体を国内開発する方針で作業を進めることで1985年9月17日には「国内開発可能な技術的可能性あり」との結論を得るに至った。最新日本純国産戦闘機として当時の新聞紙や各マスメディアを大いに賑わせる事もあった。

外国からの横槍
 しかし、ここで海外各社からクレームが付いた。国内開発機はまだ完成してもおらず、これから作るのであれば要求に合わせることができるのは当然であり、この審査は不平等だということであった。この時代、日本ではバブル景気の最中、逆に米国は大不況。米国をはじめとする諸外国は、日本の次期支援戦闘機にぜひ自国の戦闘機を売り込もうとしていた。折りからの日米貿易摩擦と自国航空機産業の保護の問題解決が急務となっていた米国。一方、日本の航空機メーカー各社は国内航空産業の発展のために次期支援戦闘機も国内開発すべきだと訴えた。こうして次期支援戦闘機の選定は、政治的な色彩が極めて強いものとなった。「国内開発」を主張する航空自衛隊や官民の技術者に対し、自国の戦闘機を売り込みたい米国が猛烈に反発。米国から強力な圧力が加えられた日本は妥協する形で1987年10月の安全保障会議で、米国製のF−16戦闘機をベースにした日米共同開発を決定し、F−2は”準”国産機となってしまった。単純に言えば、アメリカの横槍で純国産戦闘機の開発は断念せざるを得なかったと言っていい。国内開発を望んでいた国内の業界関係者や航空ファンはこの発表に大きく落胆した。いまだに「F−16は好きだけどF−2は嫌い」と公言してはばからない人が多いのもその理由があるからであろう。

  FS−Xは1987年11月に日米政府間の覚書により、主契約者(プライム)として三菱重工、サブコントラクターとしてGD社、川崎重工、富士重工が指名され、日米のワークシェアリングは6:4とする事も決定した。ただこのときの覚書が後に波乱を招くことになる。
試作時の各社の分担は次の通り
・三菱重工業:前部胴体、主翼、全機組み立て
・川崎重工業:中央胴体、エンジンアクセス扉
・富士重工業:垂直尾翼、水平尾翼、主翼後縁フラッペロン、翼胴フェアリング、機首レドーム、主翼上面外板、エアインテーク
・GD社(現ロッキードマーチン):後部胴体、左主翼、左主翼上面外板

振り回され、思惑もはずれ・・・
 日米政府間で取り交わされた覚書を巡り、1990年9月に防衛庁技術研究本部で行われたFS-Xをめぐる日米交渉は紛糾した。その覚書には”開発費用は上限1650億円。内、米国の開発・生産割り当ては40%だが費用は全額日本の負担”と書かれ、防衛事務次官と米国防次官補らの名がタイプされていた。覚書に従えば、米国の開発費は660億円以内となるはずである。これに対してGD社の担当幹部は覚書は無効と主張してきたのである。さらに開発に1300億円かかるとして、日本側に640億円の追加負担を要求してきた。
実はその覚書にはサインが無かったようだ。サインの習慣がない日本は肝心のサインを忘れていた。GD社はそれを理由として覚書の無効を主張し、追加負担を要求してきたのである。困った日本側は米国防総省に問い合わせるが、”GD社に任せてある”の一点張り。結局、日本側は妥協し約300億円の追加負担を認めることになった。考えてみれば覚書を交わした時点で米側はサインが無いことを気づいていたはずである。後々、米側は覚書を白紙に戻す思惑があったのかもしれない。まさに予算交渉は米政府とGD社の巧みな二人三脚に振り回された感じである。。
 日本は国内開発を断念した代わりに共同開発でF−16の技術の大部分を得るはずだった。ところが米議会が技術供与に抵抗し、米側は機体設計情報は提供したが、肝心のソフトウエアを公開しなかった。日本は飛行制御に必要なコンピューターソフトの独自開発に追い込まれる。その一方、契約にはレーダーなど日本の技術を米国に供与することが盛り込まれていた。日本は、T−2高等練習機を技術研究用に改造したT−2CCVでのフライ・バイ・ワイヤの研究成果を元に、F−2のソフトウエアを開発することになった。

F-16をベースに作られたF-2は以下のような点が改造されている。
■先進のアヴィオニクスの搭載(アクティブ・フェイズド・アレイ・レーダー、ミッション・コンピューター、統合電子戦システム等の搭載)
 機首に搭載されているレーダーは、三菱電気が開発した新型アクティブフェイズドアレイレーダー(APAR)であるJ/APG−1である。推定能力は10目標を同時処理し、大型目標(艦船等)の探知距離は100nm(約190キロ)前後、小型目標(戦闘機等)の探知距離はルックダウン(下方索敵)で35nm(約60km)と見られている。
 火器管制システム全体は、このレーダーとミッションコンピューター搭載品管理システムで構成される。ミッションコンピューターには火器管制機能の他、自己防衛機能、要撃計算、航法計算、電磁干渉防止、データバス制御、故障診断機能、サブシステム制御機能が盛り込まれる。
 航法装置は慣性基準装置(IRS)、TACAN、VOR/ILSを装備。将来的にはGPS装備が可能になるものと思われる。
 IRSはリングレーザージャイロを使用した高精度のシステムで、整合に3分、誤差精度は1時間当たり±0.8nm(1.5km)と見られ、従来機のF-1に比べれば十分に高性能と取れる値ではある。
 電子戦システムは統合電子戦システム(IEWS)と先進干渉防止装置(AIBU)で構成される。IEWSはレーダー警戒装置(RWR)、機上電波妨害装置(ECM)、機械的妨害装置(CMD)の3種類を電子戦コントローラー(EWC)で一元的に管理するもので、脅威の評価、対抗策の実行までを統括している。ただし複座型については機内スペースの関係上、ECMは取り除かれており必要に応じて外付けのECMポッドが搭載される事になる。
 AIBUは電子機器間の電磁干渉を軽減するシステムで各電子システムから発生する悪質な電磁パルスを分配・整合する。

■強化型風防(キャノピー)の採用。
風防を付けた理由はバードストライク対策であるが、風防のフレームの分だけF-2の視界はF-16より悪い。しかし、フレームは地上に対し水平に飛んでいるかいないかを見極めるひとつの基準となる。F-16にはじめて乗るパイロットはあまりに見晴らしの良い視界に「基準となるものが存在しない」とかえって不安になるという話がある。 なお、キャノピー色はベージュのF-16に対し透明になっている。

■主翼の変更(面積の増大、一体成形型複合材の使用、主翼ハードポイントの追加)
機動性の向上と、兵装搭載量の増加を目的にF-16の1.25倍となる34.84uとなった。翼面積増による重量増の打開策としてCFRP複合材(カーボンファイバーを主体とした複合素材)を使用し、一体成形工法で造られた一体成形主翼となった。これにより主翼ハードポイントも増加され、片側5カ所(ほかに翼端ステーション)となっている。但し、全てのステーションを使うことはできず、片側3カ所位をミッションに応じて使い分ける形となっている。

■ドラッグシュート追加。
三沢基地のような北方の基地で滑走路が凍結しても安全に停止できるように付けられた。

その他に
■機首形状の変更。
■主翼前縁に電波吸収材(RAM)=ステルス材の使用。
■推力増加型エンジンの採用。
■胴体の490mm延長による搭載燃料、アヴィオニクスの強化。
■胴体・尾翼に先進構造技術の採用。
が挙げられる。

 但し、計画決定時に盛り込まれていた垂直カナード翼の追加については後に機動飛行を担当するコンピュータのソフトウェアを追加する事で対応がある程度可能との判断が下され、実際には取り付けられる事は無かった。

 こうしてF−2は具体的な仕様が完全に固まり、モックアップが1992年6月19日に公開、1995年1月12日にはFS−X試作1号機(後のXF−2A)がロールアウトした。初飛行は、1995年10月17日。FS−Xは1995年12月14日に正式にF−2の名称が正式に与えられ、130機の生産が決まった。内訳は単座型のF−2Aが83機で複座型のF−2Bが47機。 航空自衛隊では飛行教導隊にもF−2を配備する事としている。1996年3月22日に試作1号機であるXF−2Aは防衛庁に引き渡され、その後、同2号機ならびにXF−2Bの1号機と2号機が納入され計4機のXF−2が岐阜基地の飛行開発実験団(ADTW)によって各種飛行テストが行われた。 テストの結果フラッター等の問題が発生し、開発期間は延長されたが、XF−2シリーズの飛行テストが全て終わっていない1999年10月の段階で量産初号機となるF−2A(503号機)が初飛行した。同機はこの為、初飛行から納入まで1年を費やす事となった。現在ではXF−2でのテストは終了、量産機の配備が進んでおり三沢基地の第3飛行隊にて使用されている(F−2による編成完結式は2001年3月27日。ただし2000年10月19日には臨時F−2飛行隊の1号機が初フライトを行っている)。尚、三沢基地ではF−2への機種変更を機に、掩体(シェルター)運用を開始している。
 開発経費は当初見込まれた2倍の3274億円に上り、F−2の機体価格は119億円でこれはほぼ同レベルのF−16の2倍、Su−30の4倍という値段で、同時期に開発された完全なマルチロール機(多目的戦闘機)であるF/A−18E、Fと比べても圧倒的に高価である。1機当たりの生産でアメリカ側に支払う額は約47億円にもなる。 結局、日本6:アメリカ4の割合で開発が進められ、実質的にはアメリカの機体を日本が最新の技術を持って再開発し、生産・配備は日本のみという事になっている。
 日本の独自の技術が反映されたF-2だが、外見はF−16と殆ど変わらないが、性能については別物と言っても差し支えはないだろう。そして開発で得られたF−2の飛行データは有償或いは無償でアメリカに提供されている。
F-2に使用されたのと同じ複合材が、米国で開発中のF−22戦闘機にも使われている。製造元はGD社を吸収合併したロッキード・マーチン社。FS−Xの開発で技術を入手したらしい。機体の骨格に使われた複合材と金属にはく離が生じ、F−22の配備がF−2以上に遅れているのは皮肉である。
 FS−Xを通じて日本は何を得たのだろうか−。横槍を入れられ、予算や技術も供与させられ、得られるはずの技術も得られず・・・・。日米交渉を経験したある防衛庁幹部は「米国のやり方を学習したことが大きい」という。日本が競合分野で高度技術の獲得を目指せば彼らは猛烈に反発する。交渉に妥協せず、国益につながるならうそも平気でつく。 防衛庁は2002年度に開発に着手した次期哨戒機(PX)と次期輸送機(CX)について独自開発を強調していない。「米国を刺激してはいけない」。FS-Xから得た一番の教訓は、”沈黙”である。

 F−2は2007年までには単座型83機、複座型47機の計130機を調達する予定となっていた。将来的にはブルーインパルスの機種として使用される可能性も高いとされていたが、2004年8月に防衛庁は戦闘機体制の見直しの一環としてF−2の調達を中止する方針を打ち出した。119億円というF−15並の高コスト。F−15は近代化装備改修で性能向上を図っているがF−2は機体が小さく、これ以上性能向上が望めない。ミサイルの装備数に限界があるという理由から、早期に今後退役が進むF−4EJの後継機選定に着手するべきだと判断したため。 現在調達・契約済みが76機。これに2005年度以降22機を新たに契約して最終的に98機で調達を終了することが2004年12月10日付けで安全保障会議決定・閣議了解として公表された。開発時から、仮想敵国のソ連の崩壊と一機約119億円というコストを考えると、果たして本当に必要な機体だったのかという見方があり、今回の調達中止にはこういった背景も遠因としてあると思わざるを得ない。


2002年7月 航空観閲式 百里基地


F-2A緒元
■全幅:10.8m
■全長:15.52m
■全高:4.96m
■翼面積:34.84u
■空虚自重:9527kg
■設計最大離陸重量:22100kg
■エンジン
ジェネラルエレクトリックF110-GE-129 x1:石川島播磨重工がライセンス生産
■燃料容量
機内燃料=1220ガロン、
増槽=600ガロン(主翼下)+300ガロン(胴体中心線下)(F−1に対し航続距離が1.5倍)
300ガロン燃料タンクは標準搭載
■最大速度:M2.0
■航続距離:4000km(フェリー)
■戦闘行動半径:450nm(対艦攻撃時)
■武装
固定武装
・M61A1 20mmバルカン砲(左ストレーキ部)
対空兵装
・AAM−3、AIM−9L(両翼端・翼下に装備可能)
・AIM−7F搭載可能
(アクティブレーダーホーミングミサイルAAM−4は今のところ搭載不可能)
対地、対艦兵装
・Mk82(500lb爆弾)、
・CGS-1付き赤外線誘導爆弾、
・ASM−1またはASM−2空対艦ミサイル、
・CBU−87/Bクラスター爆弾、
・J/LAU−3ロケット弾ポッド、
・RL−4ロケット弾ポッド
・AIM-7F/M AAM スパロー
・AIM-9L/AAM-3AAM サイドワインダー
ハードポイント
・片側5ヶ所+翼端ステーション
■乗員:1

調達価格(予算):約119億円/機 (H15年度版防衛白書 資料、平成15年度主要事業の経費より)