日本航空機製造YS-11
(ANK エアーニッポン)
羽田空港にて
1997.4 羽田空港にて
1997.4 羽田空港にて
1997.10 羽田空港にて
1997.9 羽田空港にて
1996.9 羽田空港にて
ANA機体メンテナンスセンター(羽田)にて
ANA機体メンテナンスセンター(羽田)にて
2002.7 ANA機体メンテナンスセンター(羽田)にて
2002.7 ANA機体メンテナンスセンター(羽田)にて
戦後初の国産輸送機
1945年の終戦から間もなく、連合国占領軍総司令部 (GHQ)は同年の11月18日に日本に対して民間機を含めた航空活動、生産、研究、実験など一切を禁止した。この制約が解かれる1956年までの間、GHQの許可が無ければ、模型飛行機すら飛ばす事は許されなかった。この空白の時代は日本の航空界に致命的なダメージを与えるに十分であった。
この規制が解かれた年。5月30日に日本は「中型輸送機の国産化計画構想」を発表した。1957年にYS−11の基本構想をするための(財)輸送機設計研究協会を設立した。戦前に軍用機を数々作り上げた技術者達が集められ、この飛行機の計画が練られた。この飛行機のYSとは、輸送機設計研究協会のイニシャルを取ったものである。
YS-11の誕生
1958年の実物大(90%スケール)公開以降、翌年の日本航空機製造株式会社(NAMC)設立。三菱重工、富士重工、新明和重工、日本飛行機、昭和飛行機、川崎重工の6社が協力し、国産の中型輸送機の本格的な開発がスタート。そして1962年に名古屋空港で初号機の初飛行を迎えるのである。それ以降、1974年までに182機を生産した。そしてYS-11以降の開発プロジェクトが決まらないまま、1982年9月に日本航空機製造は解散した。 360億円の累積赤字が後に残ったという。
YS-11という飛行機とは
戦後に開発された唯一の国産中型旅客機である。開発された昭和30年代、すでに日本の空を席巻していた外国機に負けない旅客機をという信念のもとに始められたプロジェクトであったが、飛行機は作れても「旅客機」製造の経験が無い日本では、トラブルの連続であった。現在の名機と呼ばれるようになったのは、メーカーでも官僚でもない、運用するの航空会社の人々の努力おかげといっても過言ではないと思う。
1200m滑走路の空港に就航できる点は大きなメリットであり、現在でも国内外で現役で活躍している。初飛行からすでに40年以上経ち、過酷な運行をするローカル線でこれほど事故の発生率が低い中型機はほとんどない。YS−11は主構造部が頑丈な作りで、寿命の長い飛行機といえるだろう。ANKでのYS-11
前身の日本近距離航空が経営危機に陥り、運行停止になった後に全日空の支援を受けて再建後に、同社から路線の一部とYS-11の機材移管を受けたのは1978年4月のことであった。このときに、羽田ー大島、羽田ー三宅島路線を移管されたが、その後の進展にともなって北海道にYS−11を1980年5月に投入。それ以降、東京都内の離島および北海道内の旅客運行を担ってきた。2001年7月にダッシュエイト300が後継機として就役して以降、先ず羽田ベースからは定期運用としては姿を消し、丘珠ベースが残った。これも、2003年8月31日、女満別−>新千歳の定期便(454便)を最後にYS−11はANKから姿をした。
YS-11/YS-11A諸元
■全長:26.3m■全高:8.99m■主翼幅:32.0m■ホイールベース:9.515m■客室長さ:13.4m■キャビンシート:60席(最大)■最大離陸重量:23,500kg(YS-11Aは24,500kg)■最大運用速度(13,600ft以上):M=0.475■最大運用高度:20,000ft■エンジン:ロールスロイス ダートMK542-10 ターボプロップエンジンANK 最後の5機
国籍及び
登録記号形式
受領年月日
製造番号
製造年月日
登録日
定置場所
履歴
備考
1. JA8761
YS-11A-513 2133 ' 1970.2.6 羽田 ANK 2003.9.19 登録抹消。タイ国へ売却、HS-KVA 2 JA8772
YS-11A-523 2146
1970.10.29 羽田 ANK 2003.8.31 ANK454ラストフライト。
2003.9.19 登録抹消。タイ国へ売却、HS-KUO3 JA8744
YS-11A-513 2116
伊丹 2003.6.12 登録抹消、タイ国へ売却。 4 JA8735
YS-11A-213 2108
1969.5.ANA-1988.4.ANK 2002.12.4 ANK482最終フライト(丘珠ー中標津)。 2003.1.21 登録抹消。タイ国へ売却。 5 JA8729
YS-11A-213 2097
1969.ANA-1978.NKA-1980.ANA-1981.NKA-1987.ANK 2002.11.14 登録抹消。