磐越西線に国鉄色の485系がリバイバル
JR東日本仙台支社は2001/6/7から、約1カ月間の定期検査に入っている特急「ビバあいづ」の代替車として青森運転所所属の485系電車(国鉄色)を磐越西線会津若松〜郡山間で運転した。E751系の投入により定期運用から外れていたものに代走の白羽の矢が立った形。485系は1993年(平成5年)11月30日まで特急「あいづ」として会津若松〜上野間で走っていた。現存する巻き取り式(絵入り)ヘッドマーク「あいづ」を掲出して同年7/10まで運転された。また、会津若松駅と郡山駅では車内放送で特急「あいづ」の説明案内も行っていた。ダイヤは現行の「ビバあいづ」と同じ。ただし、側面の方向幕はステッカーで「郡山←→会津若松」と固定されている。ちなみに前回検査時(1998年12月)の代走はひたち色の485系(グリーン車無し)だったそうです。
編成(←郡山)
クハ 481− 334(自由席)+モハ 484−1032(自由席)+モハ 485−1032(自由席)+モハ 484−1058(指定席)+モハ 485−1058(指定席)+クロハ481−1014(指定席)
485系1000番代電車
1964年に交流電化の進展により481系(直流・交流60ヘルツ)が登場し、翌年には直流:交流50ヘルツ対応の483系が東北地区に登場します。しかし、交流の周波数の違いで別れていたため、これらの系列を1本化するために1968年に登場したのがこの485系です。直流・交流50ヘルツ・交流60ヘルツの3つの電気方式で運転可能で、勾配区間での運転を考慮して抑減発電ブレーキを装備。485系は交直流特急型電車の標準形式となりました。
製造当初は先頭車がボンネットタイプでしたが、1972年より直流特急型電車183系に準じて貫通形へのモデルチェンジが行われました。各車のクーラーも当初の「きのこ型」と呼ばれたAU12形からAU13形へ変更になりました。485系1000番代は、貫通形を非貫通形とし、東北向けに耐寒・耐雪構造を強化した寒冷地仕様として1975年に登場しました。